「コメディー・セントラル」。
お笑い専門チャンネルの名称に引っかけてそう揶揄(やゆ)されていたころが懐かしい。
かつて、MLBでもっともゆるいディビジョン≠ニされていたナショナルリーグ(以下、ナ・リーグ)の中地区。現在はシカゴ・カブス、シンシナティ・レッズ、ミルウォーキー・ブルワーズ、ピッツバーグ・パイレーツ、セントルイス・カージナルスの5球団で構成。2012年まではヒューストン・アストロズを加えた6球団だったが、過去20年、特に00年から15年を振り返るとカージナルスの一人勝ちの印象が強い。ワールドシリーズに4度進出し、06年と11年にはチャンピオンになっている。地区優勝9回、プレーオフ進出12回。1強4弱(5弱)の構図で『打倒・カージナルス』がカブスを含む他球団の合言葉になっていた。
ところが、だ。この5年ほどでその勢力図は変わりつつある。1993年以降、20シーズン連続負け越しというプロスポーツ(MLBではない!)史上ワースト記録をつくったパイレーツが2013年から3年連続で勝ち越して地区優勝争いに加わった。そして、何と言ってもカブスだ。ジョー・マドン監督を招へいし、15年にワイルドカードで7年ぶりにプレーオフ進出を果たすと、翌16年には108年ぶりのワールドチャンピオン。昨季は地区連覇を果たし、リーグチャンピオンシップまで進んだ。
今やリーグ一、二を争う激戦区と化しているナ・リーグ中地区にあって、新たな勢力として台頭してきたのがブルワーズだ。今季は開幕から安定した戦いを続け、勝率5割を切ったのは4月16日の1日だけ。7月中旬にカブスに首位の座を奪われたが、現在(9月6日)はカージナルスと2位争い、そして、7年ぶりのプレーオフ進出を目指して熾(し)烈なワールドカード争いを展開している。
台風の目とも言えるブルワーズに筆者が注目している選手が一人いる。
クリスチャン・イエリッチ外野手がその人だ。
カリフォニア州サウザンドオークス出身の27歳。その名前からは想像がつかないだろうが、実は、彼には日本人の血が流れている。日系3世。母方の祖父が日本人で、九州出身だったと聞いたことがある。しかし、日本を身近に感じることは少なかったようで、「日本語はまったく話せない」と苦笑いする。
身長190センチは見上げるほどに大きい。フィールド上で感情があらわにすることは少なく、闘志を内に秘めるタイプ。その人柄の良さはその顔からにじみ出ている。
好感度がさらに上がった出来事、いや、事件が2年前にあった。
イエリッチと思われる若い男が女性の尻に顔をうずめる動画がSNSによって拡散し、大騒動になった。筆者も目にしたが、横顔だったこともあり、判別は難しかった。当然、イエリッチ選手は完全否定。「ひどい話。全く笑えない話だ」と不快感をあらわにした。
ところが、事件の翌日、クラブハウスで見かけたイエリッチの表情が明るい。着ていたTシャツを見て爆笑させられた。
胸の部分に問題の動画のワンシーンを切り取った写真のプリント。その下には「これは僕じゃない!」の言葉。
作製したのはチームメートのマーティン・プラド選手だ。「勘弁してくださいよ」と拒むこともできたが、周囲に見せびらかすわけでもなく、しれ?っと着る。「全く笑えない」と言っていた男がしっかりと笑いを取りにいっていたのだ。
もちろん、イエリッチ選手の魅力はその人柄だけではない。あのイチロー選手も認めた確かな打撃技術。13年に21歳の若さでメジャーデビューして以来、常に打率3割前後を残し、この2年はボールをとらえるスキルにパワーもプラスされ、本塁打数が増加。今季は16年に記録した24本の自己ベストを上回り、長打率も5割を超えている。
8月29日のレッズ戦では6打数6安打(一回に中前打、三回に二塁内野安打、五回に右本塁打、六回に二塁打、七回に三塁打、九回に三塁内野安打)という離れ業をやってのけ、球団史上7年ぶり、8人目のサイクル安打も達成。すでにシーズンMVPの候補に挙がっている。
2010年ドラフトでフロリダ・マーリンズ(現マイアミ・マーリンズ)から1巡目23番目で指名されてプロ入り。フランチャイズプレーヤーとなるべく、15年には7年の長期契約を結んだが、17年オフの球団売却によるオーナー交代でチームは再建モードに突入した。次々と主力選手を放出する状況を見てイエリッチもトレードを志願。キャンプイン3週間前の1月25日にミルウォーキーにやってきた。
1970年の球団拡張に伴い、誕生したチーム。昨季までの48年間でワールドチャンピオンはまだ1度もない。それどころか、プレーオフに進出したのは81、82、08、11年のたったの4回。ワールドシリーズに進出した82年が球団史のハイライトだ。
若き主砲、イエリッチとともに強くなった万年弱小球団。その姿を実際に球場へ足を運んで見てみるのも面白いだろう。
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