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一歩踏み出す勇気がほしかった。
日本プロ野球(NPB)、阪神タイガースの鳥谷敬内野手が残留を決めたのは1月初旬のことだ。日本の報道によると、タイガースと5年総額20億円で合意したという。
同選手は昨年11月に出場選手登録9年で取得できる海外フリーエージェント(FA)権を行使。敏腕代理人として知られるスコット・ボラス氏と契約を結び、メジャーリーグへの移籍を選択肢に入れていることを表明した。
日本では一、二を争う人気球団の攻守の要、キャプテンでもある。2013年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では日本代表にも選出された実力者である。
阪神残留か、メジャー移籍か。
鳥谷選手の動向は大きな話題となり、注目された。
しかし、それは日本国内だけの話だった。
失笑が漏れた。
昨年11月中旬に行われたGMミーティング。球団の編成部門を統括するゼネラルマネジャー(GM)らが一堂に会する恒例イベントの会場でボラス氏は日米メディアを前に自身が鳥谷選手の代理人を務めることを発表するとともに同選手をこう表現した。
「トリタニは日本のカル・リプケンのような存在だ」。
カル・リプケンは、ボルティモア・オリオールズ一筋でプレーし、史上最多の2632試合連続出場の記録を残した殿堂入り選手である。
ポジションは同じショート。鳥谷選手も2005年からここまで日本歴代3位の1322連続出場記録を継続中の鉄人≠ナあることから、代理人は2人の名前を並べたようだが、メジャー通算3184安打、431本塁打、1695打点を残したリプケン氏に対し、鳥谷選手のNPB通算記録は1611安打、120本塁打、677打点。小さな笑いが起こるのも無理はなかった。
その後、トロント・ブルージェイズやサンディエゴ・パドレスが鳥谷選手に興味をもっていることが明らかになったが、それらを大々的に報じたのは日本のメディアだけ。アメリカ国内では鳥谷選手に関する報道は皆無。昨年12月中旬にトロントの地元メディアが交渉の事実を伝えたが、そのほかの球団名は一切、公になることはなかった。
ブルージェイズは鳥谷選手を本職のショートではなく、二塁手として評価していた。メジャー契約が提示されたにもかかわらず、合意に至らなかったのは、条件が低すぎて代理人が取り合わなかったと言われている。
ボラス氏は、今オフもデトロイト・タイガースからFAとなったマックス・シャーザー投手を7年2億1千万ドル(約248億円)でワシントン・ナショナルズに移籍させるなど、凄腕の代理人である。日本とメジャー、場所に関係なく、選手は条件の高い方を選ぶべきだという考えの持ち主でもある。
阪神の提示条件は5年総額20億円。1年平均で4億円。ブルージェイズが提示した条件が350万ドル以下であれば、オファーとして認めなかったとしても不思議ではない。
かくして、鳥谷選手は阪神残留を決めた。
メジャー断念の理由は「交渉の長期化」。しかし、メジャー契約が提示されたにもかかわらず、希望した金額に達していなかったというのが本当の理由であれば、あまりにも悲しすぎる。
日本メディアの中には、ロッテ・マリーンズからミネソタ・ツインズに移籍した西岡剛内野手(現阪神タイガース)や、西武ライオンズからオークランド・アスレチックスに移籍した中島裕之内野手(現オリックス・バファローズ)ら、メジャーに定着できずに帰国した選手の名前を挙げ、メジャーでの日本人内野手の評価の低さを指摘する報道もあったが、それは大きな筋違い。今回の評価は、過去の選手に対してではなく、鳥谷選手の能力に対してのものなのだ。
鳥谷選手は「メジャーは長年の夢」と公言していたという。それが本心なら、どんな契約条件であってもその夢を実現させようとする姿勢を見せてほしかった。俺がメジャーでの日本人内野手の評価を上げてやる!という気概を見せてほしかった。
鳥谷選手が阪神残留を決めた直後、ブルージェイズは川崎宗則内野手とマイナー契約で合意したことを発表した。2011年オフにソフトバンク・ホークスから海外FAでシアトル・マリナーズへ移籍した同選手にとっては4年連続のマイナー契約だ。
ここでどちらの選択が正しいかを言うつもりはない。ただ、チームメートとともに阪神の日本一を目指す鳥谷選手と、明日≠フ保障のないマイナー契約からメジャーを目指す川崎選手、どちらの選手に魅力を感じるかと問われれば、迷うことなく後者を選ぶ。
6月で34歳になる鳥谷選手。その後の野球人生を考えれば大きなリスクになる可能性はあった。守るべき家族もいるだろう。ボラス氏や周囲の信頼できる人たちからどんな話を聞かされたのかは分からない。しかし、メジャーは1年でも成功すれば、複数年契約や20億円の大金を手にできる世界だ。
野球では世界最高峰の舞台で日本屈指の遊撃手と言われている選手がどんなプレーをし、どんな結果を残すのかを見たかった。鳥谷選手が勝負しなかったことが残念でならない。 |