正直、日本人として心境は複雑だが、書かないわけにはいかない。
シカゴ・カブスが5月20日、本拠地リグレーフィールドで行われたニューヨーク・ヤンキース戦で歴史的勝利を挙げた。開幕から6連勝中だったヤンキースの田中将大投手に初めて土をつけるとともに、同投手が昨季までプレーしていた東北楽天ゴールデンイーグルスで2012年8月26日から始まった日米のレギュラーシーズンの連勝記録を「34」で止めた。
日本の野球とアメリカのベースボール。同じスポーツでも質の違うものを同等に扱うことに異論はあるかもしれないが、自分が投げた43試合で負けなかったのは「偉業」。そして、それを止めたカブスも「快挙」と言っていい。
しかし、誰がこんな結末を予想しただろうか。
戦前の予想は「カブス惨敗」。贔屓(ひいき)で言っているのではない。理由は、カブスがヤンキースタジムに乗り込んだ前回の対戦、4月16日の試合でメッタメタにやられているからだ。田中投手が投げた八回までにカブス打線が打ったヒットはわずか2本。しかもその2本はいずれもバント安打。もっと言えば、そのうちの1本を打った、いや、コツンと当てた主砲(!)のアンソニー・リッツォ内野手は、相手内野陣が右側に寄るシフトを敷き、がら空きになった三塁側に転がしている。その悲惨な状況を知っていれば「カブス勝利」を予想できるわけがなかった。
試合前の監督会見。カブスのリック・レンテリア監督は田中投手の最大の武器であるスプリットについて「直球のように見えて突然、落ちる。コースはすべて膝か膝頭、太ももの下のあたりに集まっている。本当にいいボールを投げる」と称賛するばかり。監督がこれで大丈夫か?という空気が日米メディアの間に漂っていた。
ところが、プレーボールしてみるとどうだ。
二回までは無失点に抑えられたが、三回に先頭ジョン・ベイカー捕手が右越え安打で出塁すると、犠打と暴投で三塁まで進み、1番エミリオ・ボニファシオ中堅手の中前適時打で先制点を挙げた。さらに四回の攻撃ではルイス・バルブエナ二塁手が左翼線二塁打でチャンスをつくり、二塁ゴロとマイク・オルト三塁手の左前適時打で2点目を奪ってみせた。
いけるかも。
五回の三者連続三振で期待の風船がしぼみかけたが、六回にはバルブエナ選手がこの日3安打目(!)となる左前打、ネイト・シャーホルツ右翼手が右前打で無死一、三塁。2つの犠飛で2点を奪う渋い攻撃でさらに点差を広げた。そのイニングで田中投手をマウンドから引きずり下ろすことに成功した。
土砂降りの雨が田中投手のピッチングを狂わせたとの向きもあるが、条件はカブスの投手にとっても同じ。投げては先発ジェイソン・ハメル投手が初回に利き手の右手に打球を受けるアクシデントを乗り越えて六回途中4安打1失点と好投。今季5勝目を挙げた。
なんとかしよう―。カブスの中にそんな意識が見てとれたのは三回。1点を先制し、なおも1死二塁の場面でジュニア・レイク中堅手がヒッティングの構えからバントの構えに変え、そのままスイングしたのだ。ライナー性の打球は一塁スタンドに飛び込むファウルとなったが、珍打法≠ノテレビ解説者も「WOW!」。そして、六回の攻撃でバルブエナ選手がヒッティングの構えからバントすると見せかけ、さらにヒッティングの構えに戻してスイングし、レフト前へ弾き返したのだ。レイク選手ほどではないが、これも極めて珍しいスイング。この日のために考え出した奇策≠ネのだろう。田中投手のピッチングを狂わせようとする心意気だった。
そのバルブエナ選手は前回の対戦で3打数無安打だったが、この日は3打数3安打。メジャーで初めて田中投手から3本のヒットを打者となり、「前回よりはいい考えをもって打席に立てた」と胸を張った。
試合後のカブスのクラブハウスは勝った喜びと負けなかった安どが入り混じった複雑な空気が漂っていた。
先制のホームを踏んだベイカー選手は言った。
「フロイド・メイウェザーだって負けるかもしれないよ、ってハメルと冗談を言っていたんだ。今日、僕たちは野球界のメイウェザーを倒したんだ」。
プロボクサーで5階級制覇を成し遂げているメイウェザーは現在、46連勝中。史上最強ボクサーの一人だ。ベイカー選手の表現は少々大げさだが、それに匹敵するインパクトだったのは事実だ。
田中投手の攻略に成功し、波に乗りたいカブスだったが、その後の10試合は4勝6敗。ナショナル・リーグ中地区の最下位に沈んでいるどころか、5月を終えて借金13はメジャー30球団の中で最も多い。
2014年5月20日の勝利は、いろんな意味で『歴史的勝利』だったのだ。
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