火事と喧嘩(けんか)は江戸の華(はな)。
さすがにスポーツの会場で火事があってはシャレにならないが、喧嘩は試合を盛り上げる上でちょっと強めのスパイスとなる。たとえば、アイスホッケー。審判が見ている前で素手で殴り合う。選手の意地と意地のぶつかりあい。とはいえ、1対1が鉄則だからこじんまりしたものになってしまう。
その点、野球はスケールがでかい。1チームの構成は選手25人、首脳陣が7、8人。30人以上の男たちが一斉にベンチから飛び出し、フィールドになだれ込む。押し合い、へし合い。怒声が飛ぶ。フィールド上に大きな怒り花が咲く。
一触即発。たいていにらみ合いで終わるのだが、1人でも手を出せば、それはもう大騒ぎだ。なんせ60人を超える人数。そう簡単に収まるはずがない。
4月11日に行われたロサンゼルス・ドジャース対サンディエゴ・パドレスとの試合もそうだった。選手たちにとってフィールドは戦場。命を懸けた真剣勝負をしている選手には失礼だが、詳細を知れば知るほどばかげた話だと思ってしまう。
ドジャースのエース、ザック・グリンキー投手のことだ。6回にパドレスの主砲、カルロス・クェンティン選手にボールをぶつけたことが悲劇の始まりとなる。
にらみ合う2人。クェンティンはマウンドに向かって打席から一歩踏み出し、さらに鋭くガンを飛ばす。マウンド上のグリンキーも負けていない。この状態が続けば、球審が割って入って終わっていただろう。しかし、グリンキーが汚い言葉を投げつける。試合開始のゴング。クェンティンは猛然と突進していった。
身長は同じ188センチ。しかし、投手と野手の体つきは違う。体重91キロの前者に対し、後者は107キロ。しかも重い方は加速している。売られた喧嘩は買わなきゃ男の恥、とばかりにグリンキーが受けて立ったまではよかったが、態勢がまずかった。
重心をわずかに低くした、腰高のタックルのように待ち構えたのだ。左肩で相手の体をがっしり受け止める。体の中で骨がきしむ音がしたことは想像に難くない。両軍入り乱れての大乱闘。掴(つか)み合い、殴り合いだ。
もちろん、乱闘を引き起こした2人は即退場。その後の検査で判明したのはグリンキーの左鎖骨の骨折だった。同投手は2009年に投手最高の栄誉、サイ・ヤング賞を受賞しているメジャー屈指の右腕だ。昨年オフに6年総額1億4700万ドル(約147億円)という超大型契約を結んだばかり。その最初の年の開幕直後に戦線離脱。この日まで2試合に登板し、1勝0敗、防御率1・59と上々のスタートを切っていただけに痛すぎた。
手術を要し、復帰まで8週間かかることが後日、発表された。先発投手は基本的に5日ごとに登板するから単純計算で11回、けがなくローテーションを守り続けると32〜33回だから3分の1の登板機会を失うことになる。
痛いのは本人や首脳陣だけではない。経営陣もしかりだ。今季の年俸は1900万ドル(約19億円)。33試合を投げてもらうために払った金額だ。約6億円を捨てることになる。古くはシカゴ・ホワイトソックスでもプレーしたアルバート・ベル選手と4年契約を結んだボルティモア・オリオールズが、けがを理由に2年で引退した同選手のために残りの年俸約25億円を払い続けたことに比べればかわいいものだが、へんな意地を張らなければ、避けられたけがだけに、ばかげた話と言わざるをえない。
グリンキーの乱闘で気になったことが一つある。最近の監督がずいぶんおとなしく、いや、ずいぶん地味になってしまったということだ。風貌ではない。不可解な判定に対する審判への抗議の仕方だ。
ダグアウトから飛び出し、猛然と審判に向かっていく。唾が相手の顔にかかるほどの距離まで詰め寄り、まくしたてる。相手にされなくても粘り強く抗議する。言い返されれば、さらにテンションを上げていく。
そこまではいい。問題はそこからだ。
次のアクションがないのだ。
かつてシアトル・マリナーズで指揮をしていたルー・ピネラ監督のオプションは多彩だった。ボール、ストライクの判定に対しては、ホームベースにグラウンドの土をかける。アウト、セーフの判定にはベースを引っこ抜き、体全体を使って放り投げる。地面に叩きつけた帽子を蹴り上げた際には足を痛めたこともあった。
ピネラ監督がベンチから飛び出すと、観客は「さぁ今日は何をやってくれるんだ」と期待する。もちろん、怒りで我を忘れたこともあっただろうが、常に周囲の反応を見る冷静さはあった。そうじゃないと、ベースをだれもいないファウルゾーンに投げるなんてことはしない。それを鬼の形相でやるからいいのだ。
グリンキーにもそんな余裕、冷静さがほしかった。
喧嘩はメジャーの華。
見る者の目を楽しませるのが真のプロフェッショナルなのだ。
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