フィールド上では決して見せることのない選手の一面を垣間見ることができた時、ちょっと得した気分になる。いや、そんなもんじゃない。かなり幸せな気分になる。
7月にアリゾナで行われたメジャーリーグのオールスターゲームでそんな瞬間を味わうことができた。僕の心を癒してくれたのは、ミルウォーキー・ブルワーズの看板選手、プリンス・フィルダー選手だった。
1933年にシカゴから始まり、毎年7月の第2火曜日に開催されるオールスターゲーム。アメリカン・リーグとナショナル・リーグの人気と実力を兼ね備えた選手が一堂に会する『真夏の夜の祭典』に出場できるのは、両リーグ30球団、750人の中からわずか68人だけだ。ファン投票で選出された先発野手のほか、前年のワールドシリーズ進出チームから出ることになっている監督の推薦と選手間投票で選ばれた投手陣と控え選手が夢の舞台に立つことができる。
ところが、今年は16人もの選手が辞退を申し出たため、物議を醸した。辞退の理由は、けがか、球宴直前の試合で先発した投手は投げてはいけないという規則によるものがほとんどだったが、ニューヨーク・ヤンキースのデレック・ジーター選手はこんなことを言って非難の的となった。
疲れ切っているのでチームのために後半戦に備えたい」。
聞こえはいい。しかし、よーく考えてみると突っ込みどころ満載である。
ア・リーグの遊撃手部門で最多票を得て、栄えあるスターティングラインアップに名を連ねたジーターは、その2日前の試合で5打数5安打と打ちまくってメジャー通算3000本安打を達成している。打率・270、3本塁打、24打点という平凡な成績ながら球宴に出場できたのは、過去に27人しか到達していない大記録をメディアが大きく取り上げ、世間の注目を集めたからに他ならない。ファンあってのイベント。ジーターの発言は波紋を広げ、球宴のあり方を議論するにまで発展したのだった。
そんな経緯もあって、日米メディアはこぞって「今年の球宴はショボい」と書き立てたが、スター選手たちがそろったフィールドは輝いていた。
特にメディアに開放され、レギュラーシーズンではありえない近い距離から見ることができる打撃練習は圧巻だ。打者の咆哮、スイングの風圧、バットがボールを弾く瞬間の音、そして、打球が空気を切り裂く音。一連の流れを五感で楽しむ。まさに『至福の時』である。
「これを見てくださいよ」。
そう言ってユニホームの右側の袖をめくり、丸太のような二の腕を指差した。
ハングル文字で「プリンス」と書かれた首筋をはじめ、全身にタトゥを入れているフィルダーが、満面笑みで僕に見せてくれたのは、ゆがんだ丸い顔、ゆがんだ目、ゆがんだ鼻をもった、男の子(だと思う)のキャラクターだった。お世辞でもうまいとは言えない、落書きのようなタトゥだ。
「上の息子がいつも書いているお気に入りの絵を2年ほど前に入れたんです」。
長男・ジェイデン君は今、6歳だというから、当時は4歳。落書きのような、ではなく、立派な落書きだ。
「こっちには下の子が大好きな『超人ハルク』を入れています。緑色の肌をしたヤツですよ」。
そう言って、今度は、1歳違いの次男・ヘイブン君のお気に入りキャラクターが彫られた左胸を見せてくれた。
本番ではナ・リーグの一塁手として先発出場し、四回に逆転3ランホームランを放ってMVPを獲得したフィルダー。試合後のMVP授賞式と記者会見には溺愛する2人の息子を同席させて、すっかり父親の顔になっていた。その極め付きが、会見を終えて戻ったクラブハウスで僕にこっそり見せてくれたタトゥだった。
父・セシルは日本の阪神タイガースでプレー。メジャー復帰後はヤンキースで本塁打王を2度獲得している。フィルダーは強打者の父の遺伝子をしっかりと受け継いでいることになるのだが、その父とは現在、絶縁状態。現役引退後にギャンブルに狂ってしまった父が、息子の契約金に手をつけたというのは有名な話だ。
フィルダーが体に入れている2つのタトゥ。それらは、息子たちには絶対に自分のような思いをさせはしないという誓いであり、父と子の絆のように思えてならなかった。
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