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かつて自分が取材した選手が活躍するとうれしいものだ。たとえ、それが海の向こうの話であっても、だ。
メジャーリーグより一足早く開幕した日本のプロ野球。その主役は阪神タイガースの城島健司捕手と言っていいだろう。
昨季まで日本人初のメジャー捕手としてシアトル・マリナーズでプレーしていた選手。メジャー4年目を終えた昨オフ、2年の契約を残しながら日本球界復帰を決意した。移籍先に選んだのは、日本で最も熱狂的なファンのいるタイガース。その過激さは、シカゴ・カブスやボストン・レッドソックスのそれに例えられるほどだ。
09年のシーズン、阪神は4位に終わった。5年ぶりのBクラス(4位以下)という屈辱だった。それだけに5年ぶりに日本に戻ってきたスーパーキャッチャーへの期待は大きかった。古巣のソフトバンク・ホークスでなかったことが熱烈歓迎に拍車をかけた。猛虎復活への救世主とまで言われた。入団以降、頻繁にスポーツ紙の1面を飾った。そのプレッシャーたるや、相当なものだったに違いない。
そして、迎えた横浜ベイスターズとの開幕戦。やってくれた。3安打4打点。4回に同点に追いつく2点タイムリー二塁打を放ち、7回には再び二塁打で2打点をたたき出した。もちろん、チームも勝って最高のスタートを切った。
さらに衝撃だったのは第2戦。同点の延長11回裏、2死無走者の場面でガツン!サヨナラ本塁打を放ってみせたのだ。チームメートが待ち構えるホームまで来るとヘルメットを放り投げてヘッドスライディング。メジャーリーグでは、だれもがやるパフォーマンスでその場を盛り上げた。そう言えば、メジャー1年目でもそうだった。06年4月3日のシアトルでの開幕戦。5回の第2打席にライトスタンドへ豪快な一発を打ち込んだ。最終的にメジャーでは48本のホームランを打っている城島だが、右方向に飛ばしたのは、後にも先にもこの1本だけ。極めて珍しいシーンだった。続く第2戦でも2回の打席でレフトへ2試合連続の本塁打。『鮮烈デビュー』と呼ぶにふさわしいパフォーマンスだった。
取材をしていて城島から感じたことがある。それは「気配りの人」であるということ。
たとえば、ピッチャーからボールを受けた後、再びピッチャーにボールを返すタイミングに気を使う。ピンチを迎えたらマウンドまで歩かずに走る。そして、ピッチャーの肩に手を回したり、腰のあたりに手を添えたり、身体に触れることで相手の孤独感を消すことを心がける。オレはお前と一緒に戦っているんだぞ、と。
フィールド以外でもある。チームメートの一人が髪を切るなど、前日と違う点を見つけると、その話題を振る。自分がいかに広い視野を持っている人間か。それをチーム内に知らしめることで信頼を得ることができる。それが城島の持論だった。
もう一つは「家族思い」であること。メジャー初ホームランを打った時、ホームを踏むと同時に両手人差し指を天に突き上げた。かつてバリー・ボンズがやっていた神に感謝するジェスチャーと同じだったが、城島の場合はどこかで自分のプレーを見守っている家族に向けてのものだ。ネクストバッターズサークルで素振りをする前にはバットの柄で地面に夫人と3人の子供の名前のイニシャルを書く。打席に入る直前にはネックレスにつけた結婚指輪にキスをする。それを“仕事場”でのルーティンにしていた。いかに家族を愛しているかがうかがい知れる。
メジャーリーグでの最後の2年間はけがの不運もあり、出場機会が激減した。投手との信頼関係、コミュニケーションが問題視されたこともあった。残っていた2年1580万ドルもの契約を自ら破棄して、阪神に入ることに決めたのも「毎日プレーしたい」「自分はもっともっとやれる」という思いがあったから。
開幕2試合でその気持ち、その存在感を見せつけた。阪神ファンの心もつかんだ。6カ月の長いシーズン。けがなく乗り切ってほしい。そうすれば結果はおのずとついてくる。陰ながら応援している。
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