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どこまで飛んで行くんやろ?
それはまるでピンポン球のようだった。次々と大きな弧を描いて球場の外に消えていく打球。打撃ケージの近くで初めて彼の打撃練習を目の当たりにした衝撃は今も覚えている。
1999年のシーズンだった。その前年にシカゴ・カブスのサミー・ソーサと熾烈なホームラン王争いを繰り広げ、年間70本塁打の大リーグ記録を打ち立てていた。リグレーフィールドで見たセントルイス・カージナルスのマーク・マグワイアの打球は明らかに他の選手と違っていた。
それもそのはず。その男のパワーはクスリの力を借りて生み出されたものだったのだから。
新しい年が明けたばかりの今年1月11日、テレビ画面の向こうで目尻の涙をぬぐいながら後悔の言葉を口にするマグワイアがいた。
「ステロイドに手を出すべきではなかった。本当に申し訳ない」
01年に現役を退いてからもずっとつきまとっていた薬物使用疑惑。05年に出席を余儀なくされた米下院公聴会では「過去の話をするためにここに来たわけではない」と頑なに口を閉ざし続け、真相は永遠に語られることがないと思われていたのだが、この日、ついに自らの“罪”を認めたのだった。
その裏にあったのは野球界への復帰。今季からカージナルスの打撃コーチを務めることになっている。公の場に出れば、過去の問題に触れられることは容易に察することができる。現にコーチ就任が発表されてからは球団の元に多数のメディアからインタビューの依頼が殺到していた。このまま沈黙を貫くことなどできるはずがなかった。
まずAP通信に謝罪の文書を送ったマグワイアは、それが世界中に配信された後、MLBが運営するテレビ番組、さらにESPNにも出演し、真実を明らした。
本人の話によれば、筋肉増強剤に手を出したのはオークランド・アスレチックスに在籍していた89年オフ。そこから10年にわたり断続的に使っていたという。実質メジャー1年目となった87年に49本塁打という驚異的な打撃で本塁打王と新人王を獲得し、その後も32、33本とホームランを量産した。そんな順風満帆の野球人生になぜクスリの力が必要だったのかという疑問が残るが、マグワイアは「健康のためで、能力を伸ばすためではない」と断言し「私は真実だけを話したい。人生で一番後悔している。最もつらい日だ」と涙ぐんだ。
その直後の反応は二つに分かれた。MLBのバド・セリグ・コミッショナーやカージナルスのトニー・ラルーサ監督ら野球関係者は真実を打ち明けたその勇気を賞賛。メディアは「遅すぎる」と不満の声を上げた。賛否が入り混じる結果を招いたが、マグワイアにとってはこれですべてが終わるはずだった。
ところが、終わらなかった。
待っていたのは新証言だ。アスレチックス時代の同僚でマグワイアとともに“バッシュ・ブラザーズ”と呼ばれたホゼ・カンセコは「彼はまだすべてを話していない」と反論。05年に発表した自著「JUICED」で自らの薬物使用を告白している同氏は「ウソとついている」と訴えたのだった。その言葉を裏付けるかのように、ESPNのインタビューに応じた元トレーナーのカート・ウェンズラフはマグワイアにステロイドを提供していたことを証言しながら、「だれもがそうであるように、より大きな体にするため、より速くなるため、より強くなるためだった」とマグワイアが語った使用の理由を笑い飛ばした。
92年には他のアスリートにステロイドを提供したかどで逮捕されているウェンズラフ。一時はプロ・アマあわせて25〜30人ものアスリートを担当していたという。同じくESPNの取材を受けた当時のFBI捜査官によると、その顧客リストにカンセコ、マグワイアの名前があり、この事実はMLBに伝えたという。つまり、当時のメジャー界には現在のような薬物に関する規制や検査がなかったとはいえ、マグワイアもMLBも逮捕歴のある人間が関係していることを知りながら、黙認していたということになるというわけだ。
「私は真実だけを話したい」。
マグワイアはそう言って現役時代の薬物使用を認めた。ただ、それはだれからも反論されないような内容であってほしかった。
クスリを使ったからだれもが驚くような打球が打てたとか、クスリを使ってなくても打てたとか、そんなことはどうだっていい。
その告白が真実ではないかもしれないことが残念で仕方がない。
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